真昼の情事/官能小説


  食物循環

                        蛭野譲二

   9.健二、十六歳


  
 二ヵ月後。

 その日は、すがすがしく晴れ渡っていた。

 目覚めた枝美子が寝室の窓を開けると心地好い風が身体をくすぐる。

 枝美子の心もやっと落ち着きを取り戻し、久しぶりに気持ちよい朝を迎えることができた。

 交通事故で最愛の夫と息子を一度に失った枝美子の落込みは深く、何日も泣き暮らしていた。

 しかし、時が立つに連れて、哀しみも和らいできた。

 四十九日も終わり、ほんの少しだが、心に余裕もできてきたところだった。

 枝美子は「少しは明るくしなれれば」と思い、久々にミニスカートを穿いてみることにした。

 膝上十センチ程の薄茶のフレアスカートに白のブラウスを身に着け、洗顔とブラッシッングを済ますと、少し化粧をしてみることにした。

 キッチンで朝食の支度をしていると、乳首の付け根にじわっとした感触が走る。

 枝美子は、短いため息をつくと、機械的な動作で搾乳機を用意する。

 飲み手がいなくなった今でも乳房が張り、前と変らず母乳が溢れてくるのであった。

 事故直後、ほとんど食事を取らなかった時期には、ミルクの量も減っていたが、少し食がすすむようになると、文字通り有り余るほどの母乳を分泌し続けていたのである。

 最近では、日に六、七回は搾乳をしなければならない身体に戻ってしまっていた。

 枝美子は、ブラウスの前をはだけると、ブラジャーから乳房を引き出し、乳首に搾乳機の吸引口をあてがった。

 少し遅い朝食が終わり、一息ついて、食器類を片付けようとした時、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。

 玄関を開けると、そこには健二が立っていた。

 健二は夫であった一郎の姉の子で、枝美子にとっては義理の甥に当たる。

 今年、高校に進学したばかりで、十六才のはずである。

 「男手が無いから色々大変でしょ」と一郎の姉が気を使ってくれて、息子をよこしたのである。

 事前に連絡は受けていたが、時間までは聞いていなかった。

 「いらっしゃい。ずいぶん早かったわね」。

 枝美子が挨拶をする。

 「色々お手伝いするなら、早い方がいいと思って」。

 今まで健二とはあまり話をしたことが無いので少々不安もあったが、このときの笑顔で枝美子の方もすっかり警戒心が無くなっていった。それに、何処となく顔達が亡き夫に似ている。

 「まあ、とにかく上がってちょうだい」。

 健二をダイニングルームに通し、ソファーに腰掛けさせる。

 枝美子は、食卓の上の食器に目を走らせる。

 「洗い物だけ済ませちゃうからちょっと待ってね」。

 とりあえず冷蔵庫からオレンジジュースを出して健二の前に置いた。

 流しで食器を洗いながら横を見ると、ミルクを搾り終わった搾乳機が置かれたままになっているのに気付いた。

 片付けようと手を伸ばしかけたところで、ふと後を振り向くと、健二がボーッとこちらを見ていた。

 「ごめんなさいね、せっかくの連休なのに、手伝いに引っ張り出しちゃって」。

 枝美子は言葉をかけながら何気なく手を戻した。

 「いいんですよ、バイトが有るわけじゃないし、家で何時までも寝てると、おふくろがうるさいし、僕としては丁度よかったんですよ」。

 健二が少し大きな声で返事をしてきた。

 洗い物を終えてソファーの前に来た枝美子に「あの機械は何ですか?」と健二が聞いてきた。

 健二の目線を追うように振り返る。

 「あれはね、お乳を搾る機械なの。赤ちゃんがいなくなっても、母乳はすぐには止まらないから今でも使っているの」。

 枝美子は努めて無感情に説明した。

 それを聞くと健二は、一瞬枝美子の胸に目をやり、ばつが悪そうにペコリと頭を下げた。

 「今日は色々と手伝ってもらうことがあるから、しっかり働いてね。その代わり晩ご飯は好きなものを食べさせてあげるから」。

 気まずくなるのを恐れた枝美子は笑顔で話しかけた。



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