真昼の情事/官能小説


  食物循環

                        蛭野譲二

   8.不吉な思い


  
 二週間後。

 この日は、一郎の実家に家族で訪問することになっていた。

 枝美子の搾乳が終わると、三人で車に乗り込み、家を後にした。

 「じゃ、お願いね」。

 枝美子が車のドアに手をかける。

 「ああ、あんまり慌てることはないから」。

 枝美子だけが途中で車を降り、美容院に寄ることになっていたのである。

 本当は、前日までに済ませておきたかったのだが、美容院の予約が取れず、この日になってしまったのだった。

 いっそ美容院には行かず、そのまま一緒に訪問しようかとも思ったが、一郎が「どうせだから綺麗にしておいた方がいいよ」と言うので、枝美子だけは遅れて夫の実家に行くことにしたのだった。

 髪を整え終わると、枝美子は急いでトイレに入った。

 乳房が張って、母乳が漏れ始めていたからである。

 家を出る前に搾乳してから二時間程しかたっていない。淫らなことを考えていたわけでもないのに、この日に限って妙に早くミルクが噴き出してきた。

 枝美子は、一瞬不吉な思いもしたが「またミルクの量が増えたのかしら」と、その思いを打ち消した。

 夫の実家に着いてみると、何故か一郎はまだ来ていなかった。

 電話での連絡もないとのことで、また不吉な思いが甦る。

 更に一時間ほど待ったが一郎は来ず、連絡も入ってこない。不安な思いを抱えたまま、枝美子は一旦家に帰ることにした。

 家に戻ると、一件の留守番電話が入っていた。

 メッセージを再生すると、枝美子の不安は、現実のものとなった。

 電話は警察からで、重苦しい声で、事故の知らせを伝えた。



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