真昼の情事/官能小説


  食物循環

                        蛭野譲二

   2.夜の衣装


  
 二人の夜の生活には、いくつかの決まりができていた。

 酒の肴は一郎が作り、その間に枝美子は夜の衣裳を身に着け、薄化粧をする。

 このとき着る服は、一郎の希望を取り入れたかなり露出度の高いものに限定されていた。

 この日、身につけたのは、透けるようなレース地の白い後止めブラジャーと、やはり白の薄手の半袖ブラウス、それに鮮やかなブルーのプリーツスカートだけだった。

 このスカートは、膝上二十センチ以上の超ミニで、裾が広がっている。ほとんどテニスのスコートのようなものである。

 少し屈んだだけでスカートの中が丸見えになってしまう。しかし、枝美子の場合そんな時も下着を晒してしまうことはなかった。

 と言うのは、彼女はいつも下着を着けていないのである。

 スカートの下にセパレートのストッキングを着けることはあったが、パンストを穿くことすら許されていない。何れにしても屈み込めば、パンティーを穿いていない剥き出しのお尻まで晒してしまうのである。

 枝美子は恋人時代から、一郎と一緒の時は、パンティーを穿かないことになっていた。もちろんパンストやタイツを穿くことも許されていなかった。

 デートの約束をした日は、仕事中にパンティーやパンストを穿いていたとしても、一郎と会う時までに脱いでおくことになっていた。

 このことは、二人だけの秘密だったが、厳格に守らされていた。

 当時から一郎は、彼女にミニスカートを好んで着せていたが、例え股下ぎりぎりの超ミニスカートのときでも、決してパンティーを穿かせなかった。

 デートで何処かに行くときも、駅の階段を上る時などは、いつも相当な緊張を強いられた。しかも階段を上る時でも腰掛ける時でも、バッグやハンカチでスカートの裾をガードすることは禁じられていた。

 デートの時以外でも、二人一緒の時は、この決め事が貫かれていた。双方の家族や友人と会うときも、結婚式の最中でさえパンティーは穿かせてもらえなかった。

 必然的に、結婚してからの枝美子は、常にノーパンで生活するようになっていた。

 新居に引っ越して来たときに、一郎の指示でパンツの類は全て処分させられてしまっていた。それから丸一年の間、全くパンティーを穿くことがなかった。

 つわりが始まり、産婦人科を訪れる段になって、結婚後初めてパンティーを穿いたのである。

 妊娠中一時中断していたノーパン生活も、産後、体形が元に戻ってから復活し、母体検診が終了してからは、ただの一度もパンティーを穿いていない。

 しかも、出産時以来ヘアーも剃っていて、首から下に毛を生やすことも許されていなかった。

 最近では、脱毛器具を使って体毛を処理するのが日課になっていた。

 要は、枝美子のスカートの中は、常に完全に無防備な状態に置かれていたのである。

 「夜の衣裳」に着替えたときは、脚線がきれいに見えるように、ハイヒールのサンダルをスリッパの代わりに履くようにしていた。

 一郎との夜はいつも、決して他人には見せられない扇情的な格好で過ごすことになっていたりである。



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