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「ちょっと本屋に寄りたいんだ」。
食事の後、歩道を歩きながら義雄は小夜子にそう言った。
駅の側のビルに在った書店は、かなりの大型店で、ワンフロアーのほとんどが書籍売場になっていた。夜の八時を回っていたが店内には意外に多くの客が居る。
義雄は、店内でも人の多い雑誌のコーナーに向かった。
初め小夜子も義雄に寄り添うようにしていたが、火照った身体を冷ますように人の少ないコーナーの方へ徐々にずれていった。
ここへ来る前に寄った居酒屋では、のどの渇きも手伝って、小夜子もビールをジョッキに二杯まるまる飲み干していた。
もちろんバイブレーターは入れられたままだったが、義雄も食事の席で小夜子を翻弄することはなく、冗談話などを交えて和気藹々としていた。
そのせいもあって、ほろ酔い気分になっていたのである。
人の少ない場所に来て小夜子は少しの間ボーッとしていた。しかし、その気分は長続きしなかった。また、胸が張ってきたのである。
義雄に促そうと雑誌のコーナーに目を走らせたが、義雄は見あたらなかった。店内を見渡すと、あちらこちらに備え付けられた監視カメラばかりが目に付いた。
「そのままキョロキョロしていては、万引きと間違えられるかもしれない」。
そう思って手近な書架にあった本を取りだす。たまたま手に取った本は、上製本で箱に入っていた。
パラフィン紙付きの本をぱらぱらと捲る。元々適当に選んだ本だけあって、小夜子には全く興味のない内容だった。
首を上げて、また雑誌コーナーの方に目をやる。しかし、義雄の姿は見あたらなかった。
義雄を捜しに行こうと本を閉じたときだった。
あのバイブレーターがプーンと唸り始めたのである。
側にいた男が小夜子を見つめていた。視線はスカートの辺りに向けられている。
静かなコーナーに居たために、振動音に気づかれてしまったのである。
男の視線につられてスカートの裾を見ると、バイブレータのコードがはみ出ている。
それに気づいた小夜子は、慌てて本を仕舞おうとした。しかし、パラフィン紙の捲かれた本は、思うように箱に収まらない。
その間、男は怪訝そうに小夜子をチラチラと見ていた。
やっとの事で本を書架に戻し終わると、バイブレータも止まった。いつの間にか横には義雄が立っていた。
「これをレジに持って行ってくれ」。
義雄から渡された雑誌を見て、小夜子は「えっ」と思った。その雑誌はいわゆるスキンマガジンで、大型書店で扱っているのが不思議なくらい下品な三流誌だったのである。
小夜子が目で訴えるように躊躇を示すと、ほんの一瞬だけバイブレータが唸る。義雄の警告である。
「今日は、どんなことでも言うことを聞くんじゃなかったけ」。
義雄に切り札を出されて仕方なく小夜子は、雑誌を持ってレジに向かった。
レジには、二、三人の客が順番を待っていた。乳房がかなり張ってきたこともあり、早くこの場をやり過ごしてしまいたいところである。
やっと順番が回ってきた。カウンターに雑誌を置くときに咄嗟の判断で、雑誌を裏返して出した。
しかし、これは小夜子にとって恥の上塗りになってしまった。
その雑誌の裏には、大人のオモチャの広告がカラーで印刷されていたのである。
初め小夜子はグロテスクな器具の写真が何だか解らなかった。店員があらためて小夜子の顔を見たので、そのことに気づいたのである。
写真のオモチャの中には、ちょうど体内に埋め込まれているバイブレーターとそっくりな物もあった。
店員に値段を告げられて、慌てて財布を取り出す。あいにく財布の中には、一万円札しか入っていなかった。
店員は、レジ機の中に一万円札を仕舞い、千円札の束を何度も数えなおしている。その間、雑誌はカウンターの上に置きっぱなしになっていた。直ぐ後ろに居る客は、それを見ているに違いない。
「私、今これをあそこに入れてるんです」と、言っているようで、小夜子には何ともいたたまれなかった。
やっとの事で、紙袋に入れられた雑誌が差し出される。
焦る思いでそれに手を伸ばす。
そのときである。またバイブレーターが動き出したのである。
小夜子は、慌てて手を滑らせてしまう。
雑誌は、カウンターの縁にぶつかって小夜子の身体をかすめるように落下して行く。
バシンとPタイルの床を叩く派手な音が響く。
周りにいた客達は小夜子に注目したまま、店内が静まりかえる。
一瞬のことで、このときの状況を小夜子には瞬間に理解できなかった。
雑誌の角が、スカートの裾からはみ出したバイブレーターのコードを引っかけていたのである。
バイブレーターが小夜子の股間から抜け落ち、コントロールボックスごと雑誌に続いて床に落ちてしまっていた。
無数の視線の中心に立った小夜子の足下では、粘液にテカった繭玉ほどの器具がジージーと音を立てて跳ね返っていた。
足下に目を落として、今の自分の立場をやっと理解することができた。
絶望的な状況を知ると、小夜子の目の前は一気に真っ白になっていった。
気が付くと小夜子はベッドに横たわっていた。
上半身が裸にされ、その上に少々湿り気を帯びたタオルケットがかけられていた。
ボヤッとした意識の中で目を開けると、次第に周りの景色が見えてきた。ここは、小夜子のマンションの寝室である。
開け放たれた戸口越しに居間を見ると、そこには、煙草をくゆらせる義雄が座っていた。
胸がまた痛み出している。
小夜子はその痛みによって、現実の世界に引き戻されたのである。乳首の付け根からチリチリとした流動感が伝わってくる。目を覚ます前から既に母乳が溢れ出していたのである。
腕を胸に軽く当て、タオルケットに零れ出たミルクを吸わせるようにする。
小夜子のガサゴソとした動きを感じて、義雄が部屋に入ってきた。
部屋の中は減光されていたが、居間からの光で中の様子は、かなりはっきりと見えるのである。
「気が付いた?。済まなかったね、少しやり過ぎちまって」。
小夜子の傍らに立った義雄は、頭に手を当てて、ぺこぺことしていた。
「気が付いたなら良かった。明日は、専務が帰って来るんだろ。俺は帰るから、朝までゆっくりすればいい」。
そう言って、背を向けようとした義雄の手を小夜子が軽く掴む。
「ずるいです。私の身体をこんなに火照らせておいて、そのまま帰るなんて」。
小夜子の目は、艶めかしく輝いていた。
直ぐに意を解した義雄は、あらためて小夜子の顔を真っ直ぐに見つめる。
「じゃあ、火照りを鎮めたら家に帰してくれるのかな」。
小さく頷くと、小夜子は自らの手でタオルケットを脇に避け、見事に張り切った乳房を露わにする。
「すごく痛いんです。始めに、この胸の痛みをとってください」。
実際、苦しくはあったが、小夜子は薄く笑みを浮かべながら要求する。
嬉しさを顔に滲ませた義雄は、ふつふつと母乳の湧き出るオッパイに唇を寄せ、思い切り吸い始めるのだった。
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