真昼の情事/官能小説

重役秘書重役秘書

                        蛭野譲二

   1.気にかかる存在


  
 香取小夜子は、専務である田崎の秘書だった。

 大学の英文科を卒業後、この会社に入社して五年になる。入社して二年間は、業務の仕事をしていたが、三年前に総務部に配属されて、秘書業務もだいぶ板に付いてきていた。

 仕事はミス無く正確に処理し、上司からも信頼されていたが、どちらかと言うと控え目で、男性社員を差し置いても仕事をするようなタイプではなかった。

 容姿は、普段メガネをかけているためか、絶世の美女とまでは見えなかったが、鼻筋の通った上品な顔立ちは間違いなく相当な美人の部類に入っていた。また、そのプロポーションは素晴らしく、キュッとくびれたウエストとその下の丸いヒップ、スラッと伸びた長い脚は、何とも男心をくすぐるものがあった。

 ただ一つ、欠点というわけではないが、小夜子の容姿で最も特徴的なのは、その胸元であった。彼女の乳房は、並外れて大きいのである。

 実際、小夜子のバストは、優に一メートルを超えていた。既に高校生の頃、既製のブラジャーでは窮屈になっていて、大学に通っている頃にはインポート物にしかサイズの合うものがなくなっていた。最近は、それでもピッタリ合うものがなくなっていたのである。

 彼女は、その胸のことをずっと気にし続けてきた。入社してからも、目立ち過ぎる胸のせいで幾度と無くセクハラまがいの目にも遭った。ただ、幸いそれほど悪質なものはなく、彼女の心を致命的に傷つけるような深刻な事態には至っていなかったのである。

 重役秘書になってからは、役員室にデスクが移り、今は男性社員にその大き過ぎる胸を晒す機会も少なくなっていた。

 一方、広田義雄は、もうすぐ四十歳に手の届きそうなバツイチの独身で、この会社の中堅社員であった。

 一応、肩書きは課長となっていたが、いくつものプロジェクトを渡り歩いているうちに現業業務から完全にはずれ、今は経営企画室付きとなっていて、直属の部下は一人も居なかった。

 人に命令されるのが生に合わない性格だっただけに、それなりに今の地位は気に入っていた。

 経営企画室の室長は、一年ほど前から田崎が兼務していた。義雄にとっても田崎が担当の上司となる。

 このため、何度となく田崎の相伴にあずかることとなり、二人はかなり腹を割った話ができる関係になっていた。

 デスクのある企画推進室が重役室と同じ会議室フロアに在ったため、必然的に義雄の事務処理は、小夜子が面倒をみるようになっていた。ただし、この時点では、あくまで仕事上のつき合いのみで、たまに冗談を交わしたりするものの、私的な関係には至っていなかった。

 毎日、コーヒーを差し入れてくれる時に、義雄は小夜子の肉感的な胸元を盗み見たり、艶めかしく揺れるヒップを眺めたりするのが精々だった。

 それどころか、義雄にとっては、小夜子と田崎の関係の方が気がかりだった。

 今までの田崎との私的な会話の中には、小夜子の話は一切出ず、あえて避けている感じである。仕事の上での信頼ある上司に向かって詮索めいたことを聞くわけにもゆかず、義雄からも小夜子の話をあえて切り出すこともなく、悶々とした状況が続いていた。

 小夜子は小夜子で謎めいた部分の多い女であった。

 業務課に居る頃は、同僚の女の子たちと食事をしたりしていたようだが、秘書課に移ってからは、そういったつき合いも無くなったようで、女の子同士の会話の中でも影が薄い。小夜子のことが出るのは、大きい胸が話題になった時くらいである。

 もちろん、秘書課に所属する女の子は他にも何人も居るのだが、秘書課に限らず総務部内は横のつながりが薄いようで、部門で飲みに行くのも忘年会くらいなものである。

 しかも、小夜子を除けば他の秘書たちは、バリバリのキャリアウーマンであったり、虚栄を振り撒くようないけ好かない女だったりと、いずれも和気藹々と仲間とつき合うというタイプの子ではなかった。

 そんな中で、小夜子は社内の人間とアフターファイブを過ごす機会に恵まれないのかもしれない。

 何れにしても、小夜子からはあまり生活感を感じられないのである。


 五月のある日。

 部屋で義雄がパソコンに向かっていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 部屋に入ってきたのは小夜子である。何時ものようにコーヒーを持ってきてくれたところである。

 彼女は、薄手のクリーム色のブラウスを着ていたが、上着は着ていなかった。ブラウス越しにレース使いのブラジャーのラインがすっかりと浮かびあがっている。スリップは身に着けておらず、いかにも涼しげな格好である。

 「女の人はいいね。もう半袖なんだ」。

 レースに包まれた見事な胸元に一瞬目が走ったが、さすがに露骨なことは言えず、当たり障りのない言葉をかけた。

 「この部屋はそうでもないですね。専務の部屋の空調が一昨日から壊れてるんです。昨日総務に言ったんですけど、治るのが明後日になるんですって。それで暑くてたまらないんで、こんな格好してるんです」。

 「それじゃあ、専務の所に行くのは上着無しの方がいいかな?。で、専務の機嫌はどう?」。

 「悪いです。昨日、奥様とやっちゃったんだそうです」。

 普段から笑顔を絶やさない小夜子が顔をしかめて、そう答えた。

 「こりゃー、アメリカで買ってくるお土産の額が一桁上に上がるなあ」。

 田崎の夫婦喧嘩の理由をこの時まだ知らない義雄は、他意無く冗談話をしていた。

 夕方近くになって義雄は、田崎がアメリカで使う資料の打ち合わせをしようと、役員室に向かった。

 部屋のドアをノックしようとした時、不意にドアが開き、中から小夜子が出て来た。

 「あっ、専務は居る?」。

 「はい、いらっしゃいますので、どうぞ」。

 そう言うと小夜子は、そのまま部屋を出ていった。

 義雄には、彼女の行動が奇異に思えた。

 普段の小夜子ならば、どんなに急いでいるときでも、きちっと田崎に取り次いで、部屋に招き入れるのに、このときはそうではなかった。しかも、このときはメガネをかけていなかった。顔を合わせたのが瞬間的だったのではっきりはしないが、彼女が泣いているように見えたのである。

 部屋の奥には、田崎がムスッとした顔で座っていた。

 「専務、奥さんと喧嘩したからって彼女に当たったんじゃないでしょうね?」。

 「いや、そんなことじゃないんだ」。

 一瞬顔をきつくする田崎を見て、今日はこれ以上冗談が通じないと思い、義雄はさっそく本題に入った。

 用件が粗方済むと、田崎の方から急に個人的な話に切り替えてきた。

 「広田、お前は今独身だったよな?。決まった彼女は居るのか?」。

 藪から棒な質問に多少面食らいながら、義雄は首を振る。

 「それが、なにか?」。

 「いや、彼女が居ないんならいいんだ」。

 妙なことを言い出す田崎を義雄はそのまま見詰めていた。

 「ところで、香取君のこと、どう思ってる?」。

 「どうって言われましても…。美人だし、性格はいいし…、私はオッパイの大きい女が好きですから」。

 義雄は多少はぐらかすように答えをつなぐ。

 「そうかそうか、じゃあ今度一席設けなきゃな。ただし、彼女はちょっと変わってるぞ」。

 そう言うと、田崎は急に機嫌良くなり、さっさと義雄を部屋から追い出してしまった。

 それから一週間がたったが、義雄は田崎から酒席に誘われることもなく、普段と変わりない日常を過ごしていた。

 ただ、小夜子との関係は微妙な変化が出始めていた。

 この一週間というもの、企画推進室への小夜子の出入りが多くなっている。もちろんその大半はちょっとした用件や打ち合わせを兼ねてである。

 田崎の渡米交渉の日程が迫ってきていることもあり、そのこと自体はそれほど不思議なことではないのだが、部屋に来ているときの彼女の隙が妙に目に付くのである。

 たとえば、義雄のデスクにコーヒーを置くときにも、前屈みになった小夜子の襟元から中のブラジャーが覗けたり、彼女が義雄の後ろをすり抜けるときに、胸の膨らみが肩に触れたりといったことが重なっているのである。

 もちろん、書類や資料だらけの狭い部屋での出来事なので仕方ない面もある。また、小夜子の巨大な胸ならばやむを得ないことなのかもしれない。

 しかし、そんな偶発的な出来事としては片づけられない発見もあったのである。

 その日、部屋に入ってきた小夜子が、ホワイトボードに貼られた連絡書を差し替えようとしていたときだった。

 その紙は彼女の背にしては高いところに貼ってあった。義雄がボートに書き込みをするのに邪魔だったので上にずらしておいたのである。

 小夜子が背伸びをして、マグネットに手を伸ばそうとしたとき、彼女のスカートの裾がずり上がったのである。

 この日、小夜子は膝上十二、三センチのスカートを穿いていた。このため太腿が結構なところまで見えていた。

 そこまでであれば単なる日常の出来事なのだが、義雄が強く印象づけられたのは、彼女のスラッと長い脚の方ではなく、身につけていたものの方である。

 スカートが揚がったときに見えたストッキングは、ガーターベルトで吊られていた。ほんの一瞬ではあったが光る留め金が覗いた。彼女は、パンティーストッキングではなく、セパレートタイプのストッキングを穿いていたのである。

 ブラジャーが見えたり、肩に胸が触れたりするのは単なる偶然の要素もあるが、ストッキングをガーターベルトで留めるのは間違いなく彼女の意思でしたことである。

 それを目撃した瞬間、義雄はちっょと得をした気分になっていた。そして、それまで以上に小夜子が気になる存在となっていったのである。



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