真昼の情事/官能小説


  循環病棟

                        蛭野譲二

   3.薄いミルク


  
 翌朝。

 部屋の窓のカーテンが引かれ、眩しい光が竜一の顔に降り注いだ。

 目を開けると、看護婦が立っていた。

 「お早ようございます」。

 その声で看護婦が景子であることが分かった。

 ようやく目の前がはっきりとしてきた竜一はベッド脇に立つ景子の方を振り向く。

 下から見上げると、彼女の胸は大きく張り出していて、窮屈そうに白衣に貼りついていた。胸のふくらみには、ブラジャーのレース模様までが浮き出している。竜一は、あらためてその大きさを実感した。

 景子は体温と血圧を計り終えると、竜一に、し瓶を示した。

 「お小水はこの中にお願いします」。

 事務的に言い放つと部屋を出て行った。

 「この病院は妙に採尿が多いな」と思いつつ、し瓶に放尿するのだった。


 暫くして、景子が朝食を運んで来た。

 竜一は少しさがった位置から、再び景子の後ろ姿を観察する。

 朝の日差しを浴びた白衣から浮び上がって見えたものも、ブラジャーとガーターベルトまでだった。それより下は、裾がフレア気味になっていたため確認できなかった。

 ただ、ブラジャーのバックは、やや幅広の三段掛けで、ガーターベルトの方も、レースの飾りが付いているものであることまで観察できた。

 少々嬉しい気分になった竜一が朝食に目をやると、そこにはトーストと油気のない目玉焼にサラダ、それにコップに入ったミルクが置いてあった。

 ミルクは普通の牛乳と違い脱脂粉乳をぬるま湯で溶いたような感じである。

 「この牛乳は妙に薄いみたいですね」。

 「この病院の特製なんですよ。味は薄いですが、乳脂肪分も少ないのでここではいつもこれなんです。早くこの味に慣れてくださいね」。

 この問いに対して答えた景子の喋り方は、どことなく少女っぽく、恥じらいが感じられた。


 し瓶を持って景子が出て行くと、竜一は問題のミルクを一口飲んでみた。

 見た目通り水っぽく言われてみればミルクと分かる程度の薄さで、しかも、生温かい。

 これを毎日飲むのかと思うと、早くここを退院して、思い切り酒を飲みたいなどと考えてしまう。

 朝食が終わると景子が片付けに来た。

 「お昼前には、検査の結果が出ますから、午後には普通病棟に移ることになると思います。それまではのんびりしててください」。

 部屋を出て行くときに景子にそう言われた。

 「のんびりしてください」と言われても、やることもない。ついつい竜一の頭の中は、淫らなことを思い浮べてしまう。

 「何とかきっかけをつくって、あの白衣の中を覗く方法はないか」などと取り留めのないことを考えてしまった。


 昼食後。無事、検査をパスして普通病棟に移ることになった。

 景子が先に立って歩き、院内の施設を簡単に紹介してくれた。

 「ワークルーム」と書かれた部屋の前に来ると、景子は立ち止まる。

 「ここに荷物は全て置いて行ってください」。

 ドアを開けると、そこはロッカールームの様になっていて、さらに奥にドアがある。

 景子はポケットから鍵を出しロッカーの一つを開けた。

 「ここに荷物を入れてください」。

 景子は。そう言うなりさっさとカバンを入れはじめた。

 「あっ、ちょっと待って」。

 竜一が中の物を出そうとする。

 「全て入れてください!」。

 景子が少し言葉をきつくする。

 「病室などで使うメモ帳や筆記用具は、言っていただければ何時でもお貸しします。病室内で退屈はさせませんから、本なども置いて行ってください」。

 きっぱり言われた竜一は渋々指示に従うしかなかった。

 奥の部屋の中も案内された。

 「ここに来る方たちは、仕事中毒ぎみの人も多いんです。そんな方に一時期仕事を忘れてもらうのも、この病院の重要なプログラムの一つになっています。それでも、どうしても外せない連絡や打ち合せがある方がいらっしゃいます。それで最低限の仕事は、この部屋でできるようにしています。週に二回まで、一回三時間以内で割り当てをしますから、必要なら後で担当の看護婦に申し出てください」。

 部屋の中には、電話機、ファクシミリやパソコン、プリンター、それに小型のテレビ会議システムまで備え付けられていた。

 廊下に出ると、景子はドアの鍵を締めてしまった。

 ようするに、割り当てられた時間にこの部屋に来たときだけしか自分の荷物を開けられないのである。

 写真撮影や会話の録音などは相当に難しそうである。



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