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手紙を読むと、竜一は、にんまりと顔をほころばせた。
念願だった聖垂会病院の入院許可がおりたのである。
入院を強く望んだのには理由があった。
竜一は、一応作家の端くれで、次の題材を求めていた。
そんな時、聖垂会病院のことを知ったのである。
聖垂会病院は、金持ちだけが入院する成人病専門の病院で、あらゆる意味で秘密のベールに包まれた特異な存在だった。
竜一がこの病院を知るきっかけは、ある事件の記事だった。
その記事は、看護婦が転落死体で発見されたとの内容だった。
このほんの小さな記事に竜一が興味を持ったのは、「遺体は白衣の下に下着を着けておらず、婦女暴行の線もあり‥‥」との記載があったからである。
事件自体は、警察の調べで結局、事故死として決着が付けられたが、竜一はこの事件の裏に何か大きな疑惑の匂いを感じていた。
元は、すけべ心からとはいえ、疑問を持つと徹底的に調べたくなる気性の竜一である。
被害者が聖垂会病院の看護婦であったこと。若い看護婦にしては多額の貯金を貯めていたことなどがわかった。
被害者の名前は、二階堂杏子で二十五才。
生前の写真も手に入れた。モデルと言っても疑う者のいないほどの美人である。
そしてこの事件にさらに深く立ち入るきっかけとなったのは、警察にコネを付けて見ることができた被害の現場写真であった。
その写真に写っている被害者は、全く下着を着けていなかったのではなく、ストッキングを穿いていた。しかもストッキングはガーターベルトで吊られており、パンティーのみ穿いていなかったのである。
そばに落ちていた靴は、ナースシューズではなく白のハイヒールであった。事件当時は、相当に艶かしい格好をしていたことになる。
なお、現場ではパンティーを回収することはできなかったとの事であった。
次に竜一は、被害者が勤めていた病院のことを調べた。
この病院では、看護婦が完全住み込みで勤務していること。病院自体は糖尿病を中心とする成人病専門で、重傷患者は受け入れていないらしいこと。通院は皆無に近く、入院患者は退院までほとんど外界と連絡が取れないこと。入院に際しては身辺調査がある。また、入院は全て差額ベッド扱いで日に何回も風俗に行けるほどの金額がかかること、などがわかった。
しかし、病院内のこととなると、まるでわからなかった。
元病院関係者も入院経験者も、院内のことに関しては、一切口をつむるのである。
しかも、入院した者は健康をしっかり回復し、退院後行方不明になった者や、不審な行動をとる者も無く、病院を悪く言う者もいなかった。
ただ、元患者の何人かが聖垂会病院の看護婦と結婚しているのであった。
「私の口からは、何も言えないが、そんなに知りたいなら、いっそ入院してみたら」などとまで言う者もいた。
竜一は、日頃の生活習慣の乱れから、運動不足になっていたし、健康診断では血糖値もヘモグロビン値も顕かに正常値をはずれていた。既に糖尿病と言われても不思議のない身体だ。
四十才を過ぎたバツイチの独身で、取り立てて金使いの荒い生活をしているわけでもなく、貯金をはたけば高額の入院費も何とか払える目途があった。
調査を通じて色々と知合った関係者からの推薦も得られそうなこともあって、いっそ捨て身で入院してみる決断をしたのだった。
入院のための工作を始めた頃は、物書きということで敬遠されるかとも思ったが、病院側の関心事は専ら支払い能力の点にあり、辛くも入院に漕ぎ着けたのである。
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